友好の橋 2021.07

ポルトガル共和国
Portuguese Republic

日本初の総合病院を建てた外科医の宣教師ルイス・デ・アルメイダ
医師から貿易商、宣教師に

 大分市にあるアルメイダ病院の名称は、戦国時代末期の1557年、この地に日本初の総合病院を開設した、ポルトガル人外科医で宣教師のルイス・デ・アルメイダを記念するものです。

 アルメイダは豊後府内(大分市)の領主・大友宗麟から用地の提供を受け、外科、内科、ハンセン病科の病院を、私財を投じて建てました。これが西洋医療が初めて導入された場所です。

 アルメイダは1525年頃、リスボンでユダヤ教からカトリックに改宗した家に生まれました。ユダヤ人ゆえの差別を受けながらも、22歳で医師免許を取得し、世界雄飛を夢見てゴアからマカオに渡り、貿易商となって1552年、初来日します。以後、日本とマカオを往来し、多くの富を手にしますが、山口に滞在中、イエズス会の宣教師コスメ・デ・
トーレスに会い、彼らの活動を助けようと、豊後府内にとどまり、自費で乳児院を建てたのが病院建設の始まりとなります。当時、広く行なわれていた赤子の間引きの現実に衝撃を受け心を痛め、失われる命を救いたいと思ったからであるとされています。

 病院でアルメイダは外科を担当し、元僧侶の日本人キリシタンを指導し、内科や投薬を担当させました。アルメイダは心臓に病気を抱えた宗麟のために薬を処方し、信頼を得ます。豊後の病院は次第に評判になり、畿内からも人々が治療に来るほどでした。

 学識あるアルメイダは、僧侶など知識人の質問にも答えて改宗に導き、多くの信者を獲得します。神父として活動しながらも、貿易への投資を続け、病院の資金を調達し、慢性的な財政難に苦しむ日本の教会も援助しました。

 ※詳細は2021年7月号本誌にて。

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