友好の橋 2022.01

英国
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland

明治日本の近代化を支えた英国人
日本名を名乗った親日家

  初めて日本にやってきた英国人は、ウィリアム・アダムズ、日本名を三浦按針と言います。按針とは水先案内人のことで、航海士だった彼は1600年、オランダ東インド会社の艦隊で太平洋を航行中、台風で大分に漂着しました。
 徳川家康に気に入られ、交易の命を受けて西洋帆船を作り、長崎・平戸に商館を開いて交易を始めました。日本人の妻との間に2人の子をもうけますが、家康の死後、鎖国で活躍の場を失い平戸で没しました。
 幕末・維新の日本に深く関わったのは、新日家の外交官アーネスト・サトウです。「サトウ」は、スラブ系の父の姓ですが、「薩道」や「佐藤」の字を当て日本名を名乗りました。日英修好通商条約を結んだエルギン卿の回想録に感銘し、1862年に日本領事の通訳として来日。古文書も読めるほど日本語に通じ、著作も発表して、欧米の日本研究の先駆けとなりました。

 ※詳細は2022年01月号本誌にて。

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