時代に咲いた花 2021.09

望月カズ(上)
母とともに渡った満州の地で幼くして孤児に
敗戦、帰国、再び渡満の途中、韓国動乱に遭遇

 動乱の歴史に翻弄されてきた朝鮮半島。昭和25(1950)年に起きた朝鮮戦争の戦火の中で両親を失ったひとりの幼子を救ったことに始まり、133人の韓国人孤児を育てた日本人女性がいます。
 「38度線のマリア」「韓国孤児の母」と呼ばれた望月カズ-。反日感情が渦巻く終戦間もない韓国で、国境を超えた大きな愛を実践し、両国の架け橋となりました。どうしてそのようなことができたのでしょう。そこには、孤児の苦しみを誰よりも知る自身の凄絶な生い立ちがありました。
    
 昭和2(1927)年8月3日、東京杉並で生まれたカズ。父の記憶はなく、物心がついた頃には母・望月近衛と、二人で暮らしていました。なぜ自分には父親がいないのか……。名前も顔も知らない父のことをしつこく問い詰めても、「お父さんは満州に行ったのよ」と母は口を濁すばかり。
 4歳のときに母に満州行きを告げられ、大喜びしたカズでしたが、新潟から船で朝鮮を通過し、さらに列車に揺られ辿り着いた満州の滴道という田舎町に父の姿はありませんでした。
 当時、日本は中国大陸に勢力を伸ばし、東北地方に多くの日本軍部隊が駐屯していました。同時に一攫千金を夢見る日本人も続々と新天地に渡るようになり、カズの母もその一人でした。

 

 ※詳細は2021年9月号本誌にて。

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