時代に咲いた花 2022.02

2022年2月号
下田歌子(下)
理想を掲げて日本女性のあるべき姿を説き
女子教育の第一人者として走り続けた生涯

 桃夭(とうよう)学校を開設し教育者の道を歩みはじめた歌子。明治政府は明治10(1877)年に学習院を開校し華族の教育に力を入れますが、女子の教育は依然として遅れていました。西欧文明を吸収しつつも、日本人の心根はしっかり教育しなければならない。さらに欧米列強に伍していくには、女子教育が不可欠であるというのが高官たちの認識でした。
 そうした中、明治18(1885)年、皇后美子(はるこ)の令旨により、華族女学校(後の学習院女学部)が開設されます。かねてより国の行くべき方向性について歌子と議論を交わしてきた伊藤博文は、その時勢に対する洞察と卓見に感銘を受け、実質的な運営を託せるのは歌子以外にないと幹事兼教授に任命。歌子も期待に応え、学校運営と教育に情熱を注ぐのです。
 女子の徳をいかに身に付けさせるか・・・初めての試みなので手探りでしたが、歌子は経営にも優れた才を発揮し、次々と新しい案を形にしていきます。・・・

 ※詳細は2022年2月号本誌にて。

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